想い

地球と生きる、みんなと笑う。

 

この言葉に込められた想いを、ここでは少し丁寧に紐解いていこうと思います。

少しでも共感していただけたのなら、あなたもきっと「あがら」(=私たち)の一員。

あなたにとってベストな形で、「あがらと」と関わっていただけたら幸いです。

地球と生きる

私たちはみんな、地球に生きています。

当たり前のことのようですが、日々意識することは少ないかもしれません。

自分自身の日々の行動が、選択が、地球にどう影響するか。

地球という惑星そのもの、同じ星に住む他の人々、動物、植物、虫・・・、そういったものにどう影響するのか、考えて生きているでしょうか?

 

毎日そんなことを考えていたら暮らせない、そう思う方もいるでしょう。

実際、私たちの身の回りには、一時的な利便性しか考えていない商品が溢れています。

これだけ高度に発達した世の中で、地球との関わりを意識しながら生きるのは、難しいことかもしれません。

 

だから、私たちはその仲介になろうとしています。

地球への影響を最大限考えて、全力で実行し、商品やサービスを世に送り出すこと。

その商品やサービスを手にした人たちの暮らしは、意識していてもしていなくても、地球への影響を考えたものになるでしょう。

 

例えば、自然環境への影響を考慮した「竹ハウス」。

時期によっては一日に1mも伸びるという竹は、伐採しても環境影響が極めて少ない、優秀な植物です。

一方で、その成長の早さから、管理する人がいなければただの厄介者に。

地球にも人にも嬉しいハウスの形を模索した結果、金属や木材ではなく、竹を使ったハウスを活用しています。

 

例えば、いずれ土に還っていく、瓦でできた水路。

永遠なものはない以上、役目を終えた後のことも考えておくのは大事なこと。

自分たちが死んだあとの未来のことも考えて、「あがらと」では廃瓦を再利用した水路を作りました。

 

例えば、農薬や化学肥料、動物性肥料も使わない完全植物性自然栽培という農法。

農薬や化学肥料を使えば、野菜もバラも、もっと簡単に、手をかけずに育てることができます。

でも、その結果土は本来のバランスを失い痩せていきます。土は人間だけのものではないにも関わらず、です。

作物を口にした人にも、デメリットがあります。苦みが出るといった味の問題だけでなく、下手をすれば体調を崩す事態に。

動物性肥料も使わないのは、家畜が食べたエサに含まれる農薬等の影響が残る可能性があるから。

そこまで徹底することで、初めて「地球と生きる」に足る農業ができるのです。

 

紹介したのは、ほんの一例。

あらゆる場面で、地球のこと、地球を生きる仲間のこと、そして未来のことまでを、本気で考え、実行するのが、私たち「あがらと」です。

 

みんなと笑う

「地球と生きる」では、ちょっと堅苦しい話をしました。

でも、どんなにすばらしいこだわりがあっても、つまらなかったり、辛かったりしては意味がありません。なぜなら、そんなことは続いていかないから。

 

この「みんな」には、地球も、外国の人も、動物も、植物も、虫も、未来の人も、みーんな含まれています。

「みんなと笑う」とは、このみーんながみんな、ハッピーだということ。

そんな状態が実現できたら、ステキだと思いませんか?

 

そして何より、「地球と生きる」には「みんなと笑う」ことが不可欠です。

地球と生きれば生きるほど、人間はちっぽけだと気づかされます。

 

例えば、虫がいなければ、野菜は受粉がうまくいかず、実らせるのは一苦労です。

例えば、微生物がいなければ、ふかふかの良い土は作れません。

例えば、木を一本切り出そうと思えば、たくさんの人が協力するほかありません。

 

こうして地球を生きるあらゆる生き物が、持ちつ持たれつ、お互いが幸せに暮らしていること。それが「みんなと笑う」であり、「地球と生きる」とは切っても切れないことなのです。

 

最後に

お気づきの方もいるかもしれません。

「地球と生きる、みんなと笑う。」

これって実は、ほんの100年ほど前までは、世界中で当たり前のことでした。

 

自然の恵みを程よくもらって、その分お返しをする。

他の生き物と共存共栄する。

 

産業革命以降、そんな当たり前のことが、人類の長い歴史でずっと当たり前だったことが、崩れ去ろうとしています。

 

だからと言って、私たちは過去に帰ろうとしているわけではありません。

今を生きる私たちだから、未来だからできる、新しい調和の形を模索すること。

人の都合だけで物事を決め、選択する時代はもう終わりです。

地球と、たくさんの生き物と、人と、みんなにとってハッピーな新しい調和の形を、一緒に作っていきましょう。